2011年4月27日水曜日

迷いながらも道は開ける。

20:00過ぎに無事塩竈公民館に着いた。新潟から4時間、快晴の中磐梯山を越え、快適なドライブだったが、塩竈で道に迷う。かねてから、庄谷啓氏が連絡しておいてくれた林氏に電話すると、即、助けに来てくれた。なおかつ、彼自身被災者であるにもかかわらず、一夜の寝床を申し出てくれて、丁重にお断りしたが、感謝でいっぱいだった。
公民館でも、子供からお年寄りまで出て来てくれて、歓迎してくれた。嬉しいことに、ほとんどの人がこの二三日のうちに、仮設住宅に入れるらしい。入れなかった人も第二陣で入れるらしい。それと、もう一つ嬉しい話が、我々の入れたコーヒーの話が河北新報の「避難所は今」という記事に載った。誇らしげに本人が新聞をもってきてくれた。ちょっと勘違いは、東京と京都を間違えてはるけど、嬉しい話で、やっぱり伝わるし、すこしづつ道は開けるなと思った。今日もゆっくり寝られそうです。

吉川恭生


0 件のコメント:

コメントを投稿