2011年5月1日日曜日

大船渡、陸前高田、宮古は遠かった。

4月30日。午前遅めに出発。GWをなめてた私。きっちり渋滞にまきこまれ、30分の距離を三倍かけて移動したのだが、被災地の真ん中で渋滞していたので気分が悪くなる。累々と続くがれきの平野、におい、立ちつくす人を見ていると早くキャンプ地に帰りたくなる。遅めの昼ご飯に立ち寄ったラーメン屋は、チェーン店でまずい。混雑している店内は、ひと時のレジャーをかねた家族連れ、カップルなんだけど、聞こえてくる話は震災の保証やこれからの生き方の話ばかり。タクシーでやってきたおじいちゃんがラーメン屋で孫と再会。なんか変な日常が繰り広げられている。友達のケンジが宮古に入るというので目指してみるが、45号線が寸断されていて、高速で盛岡経由と聞かされ断念した。片道5時間。聞く所によると、岩手北部海岸は支援が手薄のようだ、なにせ遠い。次回に訪れようと思う。被災地を避けて内陸経由を目指すが失敗。ナビちゃんも俺の気持ちはわかってくれない。
雨が降ってる、キャンプに6時頃もどり、テントを応急修理。帰ってくるボランティアの面々は皆くたくたな顔で口数も少なく、挨拶の声も小さい。ご好意でGW中テントサイトを貸してもらってる漁り火パークはレストランで、ボラセンのメンバーとできるだけお金を使おうとまた一杯飲み。だんだん人が集まりだし、みんな言いたいことを話しだす。大反省会になり、まじめなボラはメモと取り出すしまつ。これはつぶれるなと思い、外で二次会を主催するも、泣き出すやつも居たりして、まあ大変。私なりの経験をおかしく楽しく話して散会、明日にそなえてテントへ帰るが、いっぱいになったテントサイトは、いびきの大合唱で、私もホット一安心して眠りにつきました。




吉川恭生 気仙沼の喫茶サンモリ館にて

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