2011年8月10日水曜日

京都キャラバン写真展 in 京都

SWTJ東北@連帯は、東北の被災地に小さなお祭りを届けています。
子どもたちに少しでも笑顔を見せてほしいと、様々な支援活動を続けています。この子どもたちが、20年後には社会を担う年頃になることを忘れず、我慢続きの毎日をすこしでも解放してあげたいと考え、長期的な活動を続けています。

撮影:金沢大輔

さて、来る8月23日(火)より28日(日)、これまで5回に及び宮城県および岩手県沿岸部津波被災地を中心に行った支援活動「京都キャラバン」による写真展を開催いたします。


日時 : 開場時間が日により異なりますのでご注意ください。

8月23日(火) 17:00~20:00
8月24日(水) 17:00~20:00
8月25日(木) 17:00~20:00
8月26日(金) 17:00~20:00
8月27日(土) 12:00~20:00
8月28日(日) 12:00~18:00


場所 : ヤマモトギャラリー <http://gallery.framing-y.com/ >

京都市中京区姉小路通り寺町東入る下本能寺前町492


報告会、およびパーティのお知らせ

27日(土)18:00からは、出動した隊員による活動報告を行います。
オリジナルグッズのほか、現地で子供たちに提供している「たこ焼き」も販売します。
お誘いあわせて、ぜひお越しください。





大きな地図で見る
事務局長 山中

2011年8月6日土曜日

京都キャラバンのあくなき挑戦

もともと、被災地の子供たちに笑顔を届けよう、と始まった京都キャラバンですが、回も重ねどんどん進化し続けています。

最初のキャラバンから一貫して、綿菓子、ポン菓子(東北ではパットライスと言います)、たこ焼きと食事の炊き出しを続けています。軽い食事とはいえ、単に配給するだけではなく被災地の方々との交流・対話を重視していました。また、子供たちにたこ焼きを手伝ってもらったり、子たち自身で綿菓子を作ってもらったりしているうちに、子供たちの抱える悩みやストレス、環境の問題点を少しづつ知ることが出来ました。

毎回、たこ焼きには大行列が出来てしまうため、この第5次キャラバンより、より大型のたこ焼きグリルを導入しました。32個×3の製造能力があります。
今回の第5次キャラバンでは、陸前高田で知り合ったタコ漁師さんと意気投合、タコの安定した供給をいただけることとなりました。今後は陸前高田のタコをつかってたこ焼きを各所で提供します。被災地だけでなく、関西の東北連帯イベントにも登場しますので、ぜひこのタコの美味しさをご賞味いただきたく思います。
上田隊員の考え出した新しいレクリエーション、手芸教室「シュシュ作り」。糸と針を使う地道な作業にも挑戦しました。これは、比較的時間に余裕のある、放課後の学童保育で女の子たちと一緒に取り組みました。
この時期の東北地方は天候の移り変わりが早いため、屋外でのレクリエーション以外のことも考慮して、キャラバンを構成しています。
夏祭りといえば、欠かせないのがカキ氷。津波被災地では、清潔な氷の確保が課題でした。氷のみつは、被災地でも手に入りました。

この電動カキ氷機は、気仙沼の畜産青年団のものを無償でお借りすることが出来ました。常日頃から、代表が被災地域はじめ地元の方々との交流をつづけているからこそ、こういったつながりが持てるのだと思います。我々の隊を信頼してくださる地元の方々のご厚意でこういった活動がどんどん広がります。
初めての試み、輪投げ。駄菓子や小さなおもちゃを、廃品ペットボトルを上下に切ったものに装填して遊びます。京都で準備していった、景品のおもちゃや駄菓子だけでなく、こちらの児童館でも沢山の景品をご提供いただきました。
この輪投げは、とくに設備や道具を必要としないため、先生方から「自分たちでも今後やってみたい」と、大変好評でした。

これには、保育士をめざす地元の気仙沼西高校の女子高生ボランティアがお手伝いしてくれました。

大縄跳び。
一人で楽しむのではなく、参加者全員の協力・同調なくしては難しい遊びです。5回を飛ぶのが精いっぱい。
おなかいっぱいになった後は、子供たちも疲れを見せることなく遊びに熱中します。難しいルールもなくただ飛ぶだけですが、これが子たちの連帯をうんでいました。大きな子は小さな子をいたわり、小さな社会の上下関係のなかでも「思いやり」がはぐくまれているようです。

紙芝居。
当初やっていた映画とは違い、著作権上の難しい壁も少なく、また昼夜を問わず、老若男女に楽しんでいただけるものとなりました。
演目によって演じる隊員を交代しながら、さまざまな紙芝居を披露します。
今回初めての試みに際して紙芝居用の「紙芝居枠(舞台)」を作って行ったのですが、道中のバスの振動でそれは壊れてしまいました。ただ、子供たちはお話に引き込まれ、枠のことなど気にもしていない様子でした。
サッカー。
今回のキャラバンから、昨年までジェフ千葉に在籍していたU-18日本代表でもあった元Jリーガー金沢亮が参加してくれています。第3次キャラバン・カメラマン金沢大輔の弟です。
もちろん兄・金沢大輔もかなりの腕前ですが、二人揃うともう手がつけられないほどのレベルでゲームが進みます。
青・黄チームに分かれて、SWTJ東北@連帯の隊員も交えゲームに勤しみました。

お好み焼き。
今回のキャラバンの、現地で思いついた新メニュー。キャベツとネギたっぷりのふわふわ仕上げ。たこ焼きの供給がニーズに対して間に合わず試行錯誤したいたところ、空き缶を使ってたこ焼き粉を焼いてみたのが発端。これがまた、大変おいしく、かつ効率よく焼くことができました。
自衛隊の米飯缶がちょうどいい大きさで、現地でそれを加工して「型」を作りました。

これも初挑戦、昔懐かし「型抜き」菓子。針や画鋲など、とがったものを用いて小麦菓子を形にそって切りぬく遊びです。
きれいに型通り切り取ることができたときに、景品をもらうことができます。
型抜きの材料も景品の駄菓子も比較的安価なので、輪投げと同様に先生方には好評でした。むしろ、先生方の方がのめりこんで楽しんでいただけたように思います。
懐かしい遊びの中に、被災地の子供たち・先生方にも沢山の思い出が詰まってることでしょう。

SWTJ東北@連帯のトランスポーターでもあり、基地でもある「太郎号」。元々29人乗りのマイクロバスを改造して、人員8人乗り+就寝ベッド+資材物資搬送庫となっています。
上記すべての資材を効率よく整理し、物資を大量に搬送できるよう改造されています。
今回のキャラバンでは、無骨なボディに子供たちから絵を描いていただけくことができました。それぞれの思いやメッセージが「太郎号」の車体を埋め尽くしています。

最後に、これら被災地、とくに津波被害地での子供たちへの提供は、そうでない地域の個人や企業の寄付金によって成り立っています。われわれSWTJ東北@連帯の活動に賛同しご寄付、ご協力してくださる方を広く募集しています。

infoあっとまーくswtjp.org (あっとまーくを@に変換してお送りください)
までぜひご一報ください。間違いなく東北被災地へ、あなた方の好意を責任もって届けます!
そのほか、この活動を支援し、その意思を表明するためのオリジナルグッズも販売中です。
ステッカー、手拭いはじめ、新しい支援グッズもどんどん開発中です。
これらもぜひお買い求めください。
お買い求めは↓こちら。どうぞご支援のほど、よろしくお願いいたします。
http://www.swtjp.org/goods/index.html
SWTJ事務局長 山中

(撮影:首藤直哉・金沢大輔・小川隼・上田裕子・山中純平)

2011年8月3日水曜日

ボランティアを受け入れる力

先月全国版の読売新聞に、気仙沼でSWTJ東北@連帯チームが大変お世話になっている、
気仙沼支部の隊長、および事務局長でもある田村先生、吉田先生の記事が掲載されました。

(写真をクリックすると拡大します)

井上隊長が作った風呂釜が、現地でさらに発展し有効に機能しています。

事務局長 山中

支援地 気仙沼にふれて

<京都市内から気仙沼までの道のり>

名神高速-北陸自動車道-磐越自動車道-東北自動車道を経て、一関まで。日本海側を経由するほうが、太平洋側を経由するよりも早い。片道あたりの経費を概算すると、

乗用車4人乗りの場合:高速料金17,150円(普通車) ガソリン72リットルおよそ11,000円

改造マイクロバス8人乗りの場合:高速料金0円(中型車) 軽油120リットルおよそ16,000円

人数割りを考慮すると、圧倒的に改造マイクロバス「太郎号」のほうが移動コストが安い。一人当たり、往復経費たったの4,000円で行けてしまうのだ。

今回の第5次「京都キャラバン」では、数百人規模来場を想定した夏祭り開催計画のため、京都からも隊員を最大限に派遣した。すなわち2台体制で挑んだわけだが、現状の高速道路政策の上で行動すると、中型車「太郎号」のみで行動するほうが大幅に効率がよい。ただ、太郎号はマニュアルトランスミッションのため運転手の確保が課題だった。

それから現政策がいつまで続くかは予測がつかず、以前のような割引が復活するやもしれない。高速道普通車休日1,000円割引が廃止されたせいで、関東方面からの若い個人ボランティアが激減してしまったのだ。逆に中型車以上無料の制度が無くなることがあるかもしれない。

ちなみに陸路の場合、鉄道中心に考えると、
京都-東京-仙台まで新幹線、そこから高速バスを使って、片道計23,580円。
京都-東京-一関まで新幹線、そこからJR大船渡線を使って、片道23,260円。
およそ7時間~8時間の行程だ。単独で行かなくてはならない場合は別として、中型でなくても車を便乗してゆくほうがかなり安価だ。

追記:
もっとも安価な交通機関はやはり、深夜バスでしょうか。
京都-仙台間がおよそ12時間、片道料金6200~7700円。


<気仙沼 宿泊情報>

気仙沼観光コンベンション協会


我々SWTJ東北@連帯のチームは、地元の方のご好意で廃校になった小学校跡地に宿泊させていただいている。また、全国から訪れる若者ボランティアは、キャンプイン可能のボランティア村に野営していることが多い。ただ、気仙沼市内には少しずつだが、営業を再開しているホテル、民宿も出てきている。

被災地の復興を願うなら、こういった宿泊所はぜひ利用して欲しい。人と金が回ることが、復興への近道なのだ。まだ津波被害地は瓦礫の山が延々と続いている状態、これを今のうちに多くの人に見ておいてもらいたい。泥かきや建物解体のボランティアを必ずしもする必要はない。被災地を視察するだけでもよいと思う。わざわざ見に行くなんて、と思われるかもしれないが、本当に恐ろしいのは、この悲惨な現状を想像できないこと、忘れてしまうことにあるのだ。人も工場も店も家も、多くが流されてしまったままなのだ。場所によってはいまだ、スーパーもコンビにもラーメン屋もまったく何もない。本当に少しずつだが、人々は前に進み始めている。再開したお店、宿を応援しよう。

現地へ行って、飲んで食って泊まって乗る。これだけでも大変な被災地支援なのだ。


<気仙沼現地の復興状況>


8月1日は、気仙沼市の死者数がちょうど1000人に達した日だ。行方不明者はいまだ417人。
避難所はまだ36施設にものぼり、猛暑の中、大部屋暮らしが続いている。
応急仮設住宅は計画中を含めて3400戸。抽選の新規申し込みは7月12日に締め切られている。
全壊半壊の住宅被災棟数が、ざっと13000世帯もあったのだから、ぜんぜん足りていないのは明白。7月10日をもって、避難所以外での食料品、物資の配給は終了した。

リアス式海岸の大小集落が、沿岸部数百キロにわたって波にのまれた。どこも似たようなものか。
気仙沼は2箇所にわたって大規模火災があったので、燃えてしまった住宅や工場も多かった。



<ホヤ・ボーヤ>
気仙沼では知らぬ人のいない、「ホヤ・ボーヤ」。サンマの剣を持ち、ベルトにはホタテ、獰猛なサメを乗りこなすユルキャラ。もちろん、ヘルメットのモチーフはあの「ホヤ」だ。ツノにある「+」「-」が重要なポイントで、ホヤは+の方から水を吸い、-の方から水を吐いて呼吸をしている。ホヤを割くときは、かならず+の方かららしい(豆知識)。

これが今、気仙沼復興のシンボルとなっている。さまざまなステッカーやシール、ポスターにも登場し、「がんばっぺ!」「まげねぇ!」と叫んでおります。個人の自作シールも数多く存在し、もはや著作権などうるさいことを言う人はだれ一人も居ない。商工会が作った公式のものから、個人が自費でゲリラ的に作ったものまで、町中に、このホヤボーヤがあふれている。かなりの人気キャラなので、ステッカーは全国から来るボランティアのお土産にもなっているのだ。

我々は地元の方の協力で、2種のステッカーをゲットした!
早速、支援車両「太郎号」に張ってやるのだ。

SWTJ事務局長 山中

2011年8月2日火曜日

7月30日 活動報告 赤岩児童館 「気仙沼児童館夏祭り」

7月30日(土曜日)、気仙沼の天気予報は雨。降雨確立80%だ。
この日も、いつものように朝6時に起床、ボランティア基地でもある旧月立小学校跡のトイレ、風呂を掃除する。どこのだれが決めたのか知らないが、ここではこの起床時間と清掃、消灯時間が滞在ボランティア全員に課せられている。が、しかしこの日は活動最終日。隊員たちの疲労も極限まで達している。定時に起床したのは、私と井上隊長だけだった。


我々はそそくさと朝食をとり、食材買い出し班と仕込み班に分かれ、本日の夏祭りの準備にさっそく取り掛かる。活動場所は、気仙沼港近くの高台にある「赤岩児童館」だ。



午前10時過ぎには会場に到着し、たこ焼き、お好み焼き、ポン菓子、綿菓子、かき氷など、屋台の準備をそろえた。この「児童館夏祭り」は、例年開催されてる、気仙沼市にある児童館の子供たちが方々から集まる比較的規模の大きい夏祭りだそうだ。震災の影響で開催さえも危ぶまれたが、先生方の熱意もあって、ここまでこぎつけられた。

例年はもちろん、こういった屋台は少ないそうで、どちらかというと先生方の手作りのお祭りなんだそう。今回は我々だけでなく、秋田の大館から来られた、よさこい踊りのボランティアチームも参加された。
この児童館は海岸からほど近いところにあるにもかかわらず、高台の頂上にあるため津波の被害をほとんど受けなかったところ。御昼前には、ぞくぞくと親子連れが集まりだし、昼過ぎには500人の親子で溢れかえることとなった。

先生方と、遠方から来たボランティアチームだけでなく、地元の高校生、中学生も手伝いに来ていた。彼らはとにかく明るく、よく働く。話を聞くと、彼らの中にも家を失って避難所暮らしの子もいるのだが、悲壮感などかけらも見せない。。こういった若い人たちが、将来の気仙沼、東北を背負って立つのだろう。

彼らの手伝いなしには、500人相手に縁日など出来なかったかもしれない。たこ焼き、お好み焼きのコンロの前には、延々と行列が続くのだ。
最後まで笑顔に溢れた彼らに、我々が勇気づけられることとなった。

残念ながら、夕方に雨がパラパラと降り始め、さすがにかき氷は貰い手が多くなくなったが、それでもこの日のために仕込んでおいた、輪投げが大変役に立った。こういった時のために、室内でのレクレーションを沢山用意しておいたのだ。

雨のせいもあって、午後4時には人もまばらになって、ようやく我々の祭りも終盤にさしかかったころ、この雨がピタリとやんだ。この季節の気仙沼は、非常に天気が移ろいやすい。地元の漁師でさえも、この天候だけはなかなか読めないと言っていた。



最後になってしまったが、残った子供たちで大縄跳びをして大いに遊んだ。
長さ15メートルはある、専用の大縄をキャラバンは持参、私と井上隊長でこの大縄を回し、順番に子供たちに入ってもらった。

児童館に集まる子供たちとは言え、その年齢層は幼児から小学校中学年までと幅広い。年少児には縄跳びはさすがに難しい。がしかし、上位児童は自分より小さな子供たちを気遣いねぎらうのだ。またその小さな子供たちも幾度の失敗にもめげずに、必死に挑戦しつづけるのだ。この姿に、私は強くこころを打たれた。
彼らは決して泣き言も言わず、あきらめなかった。


本当に名残惜しいのだが、これで今回のおよそ2週間にわたる「第5次京都キャラバン」の活動はこれですべて終了となった。夏祭りの撤収作業を終え、旧月立小ボランティア基地で待つ気仙沼支部田村さん吉田さん、親しくなった他の個人ボランティアたちに別れを告げ、一路京都へ向かうのだ。

事務局長 山中



2011年8月1日月曜日

7月29日 活動報告 月立小学校

29日昼頃から月立小学校に向かいました。
とは言っても
僕たちが拠点にしている旧月立小学校校舎の裏に有るので、歩いても向かえます。




綺麗な校舎です



しょうた隊員とみんなでラブ注入
みんな仲良しです




今回は太郎号に絵を描いてもらう事になりました
ちょっと無骨だったこの車が
どんどん華やかになって行きます。




ちょっと一休みの吉川代表

ん?

んん?




こっこれは・・・!

聞いてみると
どうやら大輔隊員らしいです
そうなのか・・・



いつも通りのセッティングに加え





この日は女の子向けにシュシュ講座が開かれました




流石は女の子
おしゃれには目がないご様子
夢中で布を選んでます




男の子には亮隊員のリフティング講座が開かれていました
みんな20回出来るかな?




おや?
最年少プレイヤーが亮隊員に挑んでおります
ボール奪えるかな?




ボールを奪って満面の笑み
でも、それハンドじゃ?
なんてやぼな事言っちゃいけません


途中雨に降られてしまうハプニングは有りましたが、
場所が拠点と近い事もあって顔見知りの子も多く、比較的に早く子ども達と打ち解ける事が出来ました。太郎号も絵を描いて貰った事で、ほかには無い個性が出てきました。
おまけは四葉のクローバーを貰って満面の笑みの首藤隊員です。




写真・文 小川 隼@SWTJ   

7月28日 午後 活動報告

午後からは市立新城小学校に出動です。



太郎号に乗って出発進行!



ドナドナドーナー
太郎号の中は結構揺れます



 はい到着!


いつもはカメラマンの金沢大輔隊員も今日はたこ焼き屋さんです




山中事務局長による綿菓子屋さんがはじまると・・・



あっという間に長蛇の列に



今回新しく登場したミニお好み焼き
綺麗にまん丸に焼かれています



さてお味の方は?



う〜ん いい感じに仕上がったみたいです
良い笑顔




腹ごしらえが終わったら次は運動
サッカーが始まります




青チーム黄色チームに分かれての対決です
カメラマンの僕も黄色チームとして参加
疲れたー
え?結局どうなったの って?
結果はといいますと・・・










青チームの勝利ー!!



勝っても負けても仲の良さは変わりません
でもちょっと力入れ過ぎじゃない?




現場に到着してすぐは、午前中の被災地訪問で少し元気が出ませんでしたが、子ども達の元気な姿を見ていたらこっちも元気が出てきました。
笑顔や元気を持って行きたいな、なんて偉そうな事を思っていたにも関わらず、元気を貰ったのは僕の方だったみたいです。いやはや情けない。

色んな人に ありがとう ありがとう と言われたけど、

こちらこそありがとう御座いました。

そんな気持ちでいっぱいになりながら新城小学校を後にしました。

次は月立小学校です。

写真・文 小川 隼@SWTJ

7月28日 午前 活動報告

第5回京都キャラバン後発隊の小川 隼です
28日午前、後発隊は震災後の気仙沼に視察へ向かいました




小高い丘からの眺め



 眼下に写る光景に私達はただただ言葉を失うばかりでした



住宅地跡に流れた船




撤去作業の様子



港での一枚



瓦礫で埋め尽くされています



瓦礫の中に一冊の手帳が落ちていました





ここにも大きな建物が有ったのでしょう




ぽつんとたたずむ




どうすればこのように千切れてしまうのか想像もつきません








現場を回っている途中に現地の方にお話を聞く事が出来ました。

その方の家は奇跡的に流されていませんでしたが、隣の家は完全になくなっている状態で、ほんとに目と鼻の先歩いて数歩の違いだけでした。
ただそれだけの違いで隣の家の方は三人流されたそうです。

その言葉が今でも頭の中をぐるぐる回っています。
帰りの車の中も言葉が見つからず静かな空気が漂っていました。



しかーし



落ち込むために東北まで来た訳では有りません!
午後の出動に向け、気仙沼ラーメンを食べて被災地を後にしました。
待ってろよ子ども達!

午後に続きます。

写真・文 小川 隼@SWTJ