2011年9月20日火曜日

第6次京都キャラバン 後発部隊現地入り初日

平成23年9月10日(土)~19日(月・祝)、第6回目となる京都キャラバンが東北津波被災地で復興支援活動しました。期間の前半を吉川代表が先に現地入りし、調査・調整を行ったのち、後発部隊として6名の隊員が現地へ向かいました。

ちょうど震災発生より半年が経過し、現地の環境も大きく変化しています。多くの方が仮設住宅へと転居されて新しい生活が始まっています。

写真は、陸前高田広田半島にある仮設集落にて記念撮影。左より事務局長山中の従兄弟・大阪京橋の角森裕、京都の大学を出た後町田市で保育士をしている引田美冴、気仙沼八瀬森の学校管理人でもある吉田勝彦気仙沼支部事務局長、SWTJ東北@連帯本部事務局から甲斐加奈子、京都の大学を出た後原宿でデザイナーをしている櫛山健一郎。代表と私事務局長、現地気仙沼で合流した東京支部田子洋一郎隊員とあわせて、合計8名での活動となりました。

取材と調査を重ねて、前述の環境変化に対しての問題点やニーズの整理をすることが今回の主なミッションとなりましたが、京都のいくつかの企業が被災地の方々へ、という想いを届けることもあわせてお行いました。祇園にある老舗和菓子店「大原女家」さんから銘菓「かま風呂」を、三条木屋町の老舗飴専門店「御所飴」さんから「飴の詰め合わせ」をそれぞれお預かりしました。

9月17日気仙沼へ到着してすぐに、市内繁華街のあった場所、「南町」へ視察に参りました。後発隊のうち4名の隊員が今回、はじめて被災地入りとなります。がれきはずいぶんと撤去されたものの、破壊された建築物は多数そのままになっています。そこで営業や生活をされていた方々にとっては、よそ者からみると廃墟であったとしてもこれらは大切な財産でもあります。慎重に調査と分析をしたあと、立て直すか修復するかを判断します。

ただし、単に建物の破壊だけではなく、地盤の沈下によって海面よりも低い場所が多々あって、満潮時には街中にも海水が下水を通ってなだれ込んできます。水没するところは少なくありません。浸水が復興の壁にもなっています。

今回のキャラバンでよく見かけるようになったのは、ツアー会社が企画、社会福祉協議会のボランティアセンターを通さない、独自のバスボランティア。我々が東北入りし一関ICで高速道路を出るときにも、たくさんの観光バスが行列を作って料金所に並んでいました。これらのほとんどは、関東圏からツアー会社によって送り込まれたボランティアでした。主に泥かき、側溝掃除をしていました。


市内の津波被害地への案内は、吉田気仙沼支部隊員と、
継続的に長く気仙沼へボランティアに来ている高橋さんにご案内いただきました。
南町は壊滅的な被害をうけ、今だ人の気配の少ない場所です。


ツアー会社が募集を行っているボランティアグループの活動。
観光バスで現地入りし、連休を利用して活動します。


南町のシンボリックな箇所。
この一部分だけ、土地の所有者が芝生を植えて大漁旗を掲げています。
他にも、鯉のぼりを立てた場所もところどころで見かけます。


南町から魚市場のあったあたりへ、車で移動。
このあたりは、がれきの撤去が進んでいません。
先に見えるのは、比較的大きな病院の跡。

住宅地も、地盤沈下で毎日浸水。
撤去も解体も進まない住宅跡があちらこちらに点在します。

ぐちゃぐちゃにつぶされた車がいたるところにあります。
完了、もしくはOKの文字は、つぶれた車の内部に
人がいなかったことの確認のしるしです。



半年が経過して、がれきが少しづつ撤去されています。
見た目の大きな変化は、まずハエが減ったこと。
春から夏にかけては、そこいら中に飛び回っていたハエが、
この9月に入ってほとんど見かけなくなりました。
それから、臭いもずいぶんと良くなった気がします。


(撮影、記事 :事務局長 山中)



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