2011年10月3日月曜日

被災地支援活動に初参加して(3)~引田美冴

「被災地を知り。」

震災から約半年、被災地にはじめて訪れた。
3.11から毎日のようにニュースなどで情報を聞いてはいたが、日々目の前の生活だけを送っている私にとって、被災地への関心は薄く、「日本のことなんだろうか」というどこか他人事のような考えがあったと思う。

気仙沼を訪れた917日。

ただただ壮絶。あまりに現実感がなく、逆に怖くならなかった。
ここに人が住んでいたなんて、暮らしがあったなんて信じられない。
しかし視察をしていると、電線工事をしている人、港に停泊している漁船。復興への道のりはまだまだ長いが、少しずつ街がうごきだしている。本当に少しずつだが、人々は前に進み始めているのが感じられた。

被災地を訪れて一番記憶に残っているのが、2日目に南三陸を訪れたときのあるマンション。

まだまだ手づかずのままの状態の建物が多く、部屋から廊下に流された荷物をみていると、「男の人がすんでいたんやな、若い人なのかな」と暮らしが見えてくるようだった。生活感を感じるのに人の気配がしない、風の音だけが瓦礫のヤマを吹き抜ける。私たち外からきた者からすると廃墟であっても、そこに住んでいた人たちにしてみれば何ものにも代え難い財産。復興とは言え、「解体すればいい、新しく建て直したらいい」、そんな一言ですまされるような簡単なことではないのだろう。

今回、2日目の18日目に南三陸町志津川地区の住民の方々に集まっていただき茶話会を開催した。「こんにちは~」と集まってきてくださる住民の方々。京都から持ってきたお茶とお菓子、焼きたてのたこ焼き、月立小学校付近のぶどう農家さんに頂いたぶどうを囲んで会話が弾み、とても楽しい時間であった。しかし、茶話会をひらいた公民館も少し前は避難所と物資置き場であり、このような集まりは震災後はじめてとの事。「8月にやっと自分の家に帰れたのよ。やっと気持ちが落ち着いてきた。」と笑いながら涙を流している方がいたのだが、被災者の方々の憤り、悲しみは被災者でない私が理解することはもちろんできることではなく、人と人が集まれる場をつくろうというのも軽々しく言えることではない。半年たった今だからこそ、こうやって茶話会がひらけたのだろう。それでも「休みの日によく来てくれたね」と気さくに話しかけてくれるおばさん方。「キレイに爪を磨いていますね」と話すと、「久しぶりだもの、今まではなかなかお洒落もできなかったからね」と女らしさも忘れていない。中には新しいブラウスをおろしてきた方もいた。女性として素敵だ。

対話が地域住民の前向きな行動を後押しするのかもしれない。SWTJのような団体だけでなく、住民と支援団体やボランティア、こどもから高齢者の住民同士、住民と行政の対話の機会をつくっていくことが必要であると感じた。

この3日間で見たこと・触れたこと・会話したことで、色々な感情が私の中でうごめいていて、どのようにコトバをつないで表していいのか分からないところが正直なところ。
しかし東北にいって、老若男女を問わない多くの方と話し、食事をし、お酒を交わしたことでたくさんの人の温もりに触れた。美味しい魚介類、豊かな自然などの東北の良さを知った。知らない土地から好きな土地に。これまで他人事だったことから私の一部に変化したことが参加して一番の大切にしなければならないこと。少しずつ被災地のことがニュースの話題から少なくなっている現状。忘れてはいけない。あの3日間のことを考えると「ああ、会いたいなあ。」と思い出す多くの顔。また笑顔で、あの元気な顔を見に、会いに行こうと思う。



(東京支部 引田美冴)

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