2011年12月6日火曜日

Hope 春を待つ Don't let me down 私を悲しませないで

震災後6ヶ月の9月11日。10月、11月と、はや8ヶ月が過ぎて、現地で感じるのはジレンマだ。
この船を震災の記憶として残すか撤去するかで意見は別れている。

震災直後は緊急援助が必要でプライバシーも無く、何が必要かあからさまに見えていた。当然我々は先を見越して長いニーズに答えようと考えたのだが、はたして?うまく機能したのだろうか?

4月、5月は資金も無く、情報も人脈のも無いまま想像で走っていた気がする。こういう援助が必要だろうとのおごりもあった。被災者の気持ちを理解する為の努力をどれだけしていただろうか?
震災後8ヶ月の南相馬。時間は止まっている。

4月9日、初めて気仙沼市ボランティアセンターから急な依頼を受けて炊き出し150人分を届けに行った時のことをはっきり覚えている。徹夜で仕込んだ「粕汁」を用意する前に手伝ったのは個人宅の倉庫に積まれた物資の種分けだった。米、水、野菜、缶詰、もちろん喜んでお手伝いをしたのだが、この時、気がつくべき事があったようなきがする。

9ヶ月が過ぎようとして「京都キャラバン」も第9回目を送り出そうとしている。毎回プログラムを支援して頂いてる皆様のおかげでなんとか続けられてきた。仲間もまさしくボランティアで出来る事は全部しようとがんばっている。皆、一回一回の出会いを大切にしながら何が必要かを考え続けていた。ブログでもそれぞれのミッションについて仲間が書いてきたが、我々は、被災地で受け入れてもらうのに、何時も愛想よく丁寧に、何を持って来て、何をしに来たのかを説明していた。私自身は、最初からアタマをモヒカン刈りにして、一度遇ったら二度と忘れられないよう努力していた。
愛想良く丁寧にモヒカンが行く陸前高田。お目付役二人。

6ヶ月が過ぎた頃から何か少し変わってきたような気がしていた。そのころ瓦礫は撤去されていき、避難所から仮設住宅への生活と物理的には改善されたように報道されていた。(現実には決してそうでもなかったのだが)物資は姿を消し住民格差はどんどん広がっているように感じ始めた時、陸前高田の仮設で言われた言葉にはっとした「何も持ってこんでいいからゆっくりしてこ」。タコ漁師のゆうちゃんと飲む酒は美味しいし、月立仮設住宅で飲む酒は静かに塩っぱかった。中学生とのワークショップも楽しかった。素晴らしい出会いが重なり少しづつ本音の話が出来るようになってきた。


気仙沼支部の田村支部長が毎年新月中学校で行っている「たたら製鉄」ワークショップ。砂鉄を木炭炉で溶かし製鉄をする。
この地方に昔から伝わる伝統だ。製鉄した鉄をどう使えるようにするかが課題だ。吉田事務局長と手伝う。

私は、思う。被災地の人々だけではなく誰にとってもお金は大切だろうし、生活をして行く上での様々な物が必要だろう。時間も。そして、当然の事ながら我々には皆、幸い「尊厳」と「品位」がある。被災者の人たちは、支援、援助を受け入れるだけの生活に疲れておられるのだ。
アクセスが容易だった塩竈には物資が溢れていた。もらうのに疲れた彼らに綿菓子を渡すのも一苦労だった。


「緊急」から「長期」へと変わっていく「復興」は、「物」から「お金で買えないもの」に変わってきていると思う。否、はじめて気仙沼を訪れた時からそうだったのかもしれない。あまりにもひどい被災現場で私には見えていなかっただけかもしれない。優先順位がその時は違っていたのかもしれない。「お金で買えないもの」とは?なんだろう


「お金で買えないもの」記憶、写真、家族、戻せない時間。


我々が取り組んできたプログラムは、その時々の要求にすばやく対応し、大変喜ばれたと思う。それは、リサーチ、モニタリング、プログラム、アクション、アンケートを実行してきた事と、現地に開設した各支部からの要求にすばやく答えたからだと思う。京都、広島など各地からの支援も心強かった。そして、なによりも第三キャラバン以来お世話になっている気仙沼「八瀬、森の学校」の皆さんの存在が大きい。この地区は直接津波の被害にあったわけではないが、親戚、友人、職場を震災でなくした人もいる。この地区はそれでも我々ボランティアを受け入れて下さり、多くの差し入れ、援助をしてくださっているのだ。


リサーチ
アクション

モニタリング
春の花プロジェクトはチューリップの球根を仮設住宅の皆さんと植える「時間」を共有しようと企画された。
「春を待つ時間」も提供できたかな。


この9ヶ月、多くの悲しみに出会い、笑顔の瞬間に立ち会ってきた中で、感情を表に出せない人々にも出会った。これからも私たちは、心の扉をノックして、真摯に向き合い、信頼してもらうように活動していかなければならないと思う。そして、仮設住宅の扉を開いてもらい、信頼し合えるような存在にならなければ、長い冬を越えて春を一緒に迎える事はできないだろう。望まれている事は、「お金で買えないもの」は、「信頼」しあい「そばにいて」「時間を共有」することなのかもしれない。




南相馬の風景。静寂とはりつめた緊張感が空の彼方へ続いている。空も海もつながっているのだ。


南相馬のパン屋「パルティール」。震災直後被災をまぬがれた唯一のパン屋さんは、パンを不眠不休で焼き続けて避難所に配り歩いた。
このパン屋のテーマソングを作ったミュージシャンとの出会いから、ライブの裏方をつとめる。

Dream&Hope 〜くちびるに唄を、こころに勇気を〜菜穂、高橋遼、ARISA

私たちはここからはなれられない。

吉川恭生

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